宇都宮城

 所在地  栃木県宇都宮市本丸町
 形式  平城
 主な城主  宇都宮氏
 遺構  なし
 指定・選定  なし
 訪城年月日  2026年10月28日
 満足度  A B C D E
 登城難易度  A B C D E

              本丸堀(復元)
〜公園に入るための橋が架かっているが、本来、この場所
には橋も入口もなかった〜

本丸西辺の土塁上に復元された土塀

         復元石垣(公園南側駐車場横)
〜三の丸と二の丸をつなぐ土橋の石垣が復元されている〜

本丸堀と清明台

宇都宮城址公園(本丸跡)案内図

  宇都宮城は別名・亀ヶ岡城とも呼ばれ、関東七名城の一つに数えられる。平安時代後期に藤原宗円(宇都宮氏の祖)によって築かれたとされ、
以来、22代、500年以上にわたって宇都宮氏の本拠となった。戦国時代になると、17代当主
・宇都宮成綱が、近隣国の佐竹氏や蘆名氏などと
争って勢力を拡大し、宇都宮氏の最盛期を築いた。22代国綱の時、豊臣秀吉による小田原征伐によって秀吉に臣従したが、所領は安堵され、
引き続き宇都宮城主となった。しかし、慶長2年(1597)、秀吉の命によって改易され、大名としての宇都宮氏は滅亡した。以後は、蒲生秀行
(18万石)、奥平家昌(10万石)、本多正純(15万5千石)など城主が目まぐるしく替わりながら幕末に至る。慶応4年(1868)、宇都宮城は戊辰
戦争によって建物の大半を焼失し、明治維新で廃城となった。

             二の丸跡
〜二の丸には城主が住む御殿などが建っていた〜

本丸堀

富士見櫓の説明版(拡大可)

                                    城址公園内
〜公園は本丸の西部分にあたり、土塁、櫓、土塀が復元されている。土塁は高さが約10mもあるが、鉄筋コンクリート造である〜

                城址公園内の「宇都宮城ものしり館」に展示されている本丸の模型
〜江戸時代、徳川将軍が日光東照宮を参詣する際は宇都宮城に宿泊した。本丸には将軍が泊まる御殿が建っていた〜

 概説

富士見櫓

富士見櫓の内部

本丸南西部の土塁上に復元された富士見櫓

          清明台の説明版(拡大可)

本丸北西部の土塁上に復元された清明台

宇都宮城

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