三河野田城
野田城
本丸井戸
所在地 | 愛知県新城市豊島字本城 |
形式 | 平山城 |
主な城主 | 菅沼定則・定村・定盈(さだみつ) |
遺構 | 曲輪・空堀・土塁・井戸 |
指定・選定 | 市指定史跡 |
訪城年月日 | 2018年5月16日 |
満足度 | A B C D E |
登城難易度 | A B C D E |
野田城遠望
信玄狙撃説明板
伝・武田信玄狙撃場所(本丸)
〜元亀4年(1573)、武田軍に攻められた時、この場所から
城外に布陣していた武田信玄を狙撃したという伝説がある。
信玄は落城後、その傷がもとで死亡したとされる〜
井戸内部
この城は、永正5年(1508)に築城されたと伝えられる。菅沼定則・菅沼定村・菅沼定盈等がここを居城とした。
城郭は南北に長く、北より三の丸・二の丸・本丸と続くいわゆる連鎖式の山城である。東西両側は谷になっており、当時は自然の川をせき
止めて堀を形成していた。
戦国時代、今川・武田・徳川などによって幾度も争奪戦が繰り返され、天正18年定盈が関東へ移封されるまで続いた。
<現地案内板より>
二の丸跡
〜未整備のため踏査は難しい〜
本丸と二の丸の間にある空堀
本丸と二の丸の間にある空堀
本丸跡に建つ稲荷神社
本丸跡に建つ城址碑
本丸跡
本丸跡
〜東西約60m、南北約47mの広さがある〜
城址入口
入口を入るとすぐに本丸跡が現れる
野田城縄張図