か せ や ま

鹿背山城

 所在地  京都府木津川市鹿背山鹿曲田
 形式  山城
 主な城主  松永久秀
 遺構  曲輪・竪堀・堀切・土塁・井戸
 指定・選定  なし
 訪城年月日  2021年11月18日
 満足度  A  C D E
 登城難易度  A B  D E
 車での登城  不可

虎口にある道標

               水の手
〜井戸はほとんど埋まっているが石組みは確認できる〜

            曲輪T−9
〜主郭背後(北側)下にある曲輪で水の手がある〜

曲輪Uと曲輪Vの間にある竪堀

大手道左手に見られる竪堀と溜池

鹿背山城

INDEX

曲輪T−3

曲輪U−5

南山城最大の山城であるだけでなく、戦国末期の特徴をよく残す点で城郭史上注目される城郭である。
15世紀に南都興福寺の北方防御の拠点として史料上に登場し、古市氏以下興福寺傘下の武将がしばしば入城した。
16世紀後半、大和北半部を支配した松永久秀は多聞山・信貴山・龍王山とともに本城を拠点として重視し、改修を加えた。
城域の西北・東南の2か所に畝状空堀群を採用して防御上の弱点を補い、主郭北斜面の水の手をカバーする竪堀・竪土塁で北面防御を完結
させたほか、主郭東南隅の櫓台の切岸直下の隘路に通路を導いて城虎口(出入り口)とするなど、織豊城郭登場前夜の築城技術の水準を示す
貴重な遺構を残している。
                                                                          <現地案内板より>

水の手(曲輪T−9)

曲輪Uと曲輪Vの間にある竪堀

主郭からの眺望

主郭西側の櫓台

主郭東側の櫓台

主郭

主郭東側の土塁

主郭

曲輪T−4

曲輪V直下(東側)にある畝状空堀

曲輪V−2

曲輪V

曲輪Uと曲輪Vの間にある竪堀

曲輪Uと曲輪Vの間にある土塁

曲輪U−2

曲輪U−4

曲輪U−6

曲輪U−3

曲輪U−7

主郭と曲輪Uの間の竪堀

曲輪U・Vへ

溜池

竪堀(上写真)を至近距離から

   西念寺前の登城口(大手道)
〜ここから主郭までは10分弱である〜

               西念寺
〜西念寺の前(写真右)から城跡に続く道が付いている〜

      西念寺(登城口)に至る道
〜周辺は道幅が狭く、駐車スペースがない〜

縄張図(西念寺前案内板)

 概説

曲輪V

主郭虎口(桝形)

曲輪V直下(東側)にある畝状空堀

曲輪U(曲輪U群の最高所)

               虎口
〜主郭(左へ)と曲輪U・V(右へ)との分岐点になる〜

大手道は傾斜が緩やかで楽に登れる