だ い も つ
大物城(尼崎古城)
所在地 | 兵庫県尼崎市大物町 |
形式 | 平城 |
主な城主 | 細川高国・荒木村次 |
遺構 | なし |
指定・選定 | なし |
訪城年月日 | 2025年1月20日 |
満足度 | A B C D E |
登城難易度 | A B C D E |
義経・弁慶隠家跡の石碑(大物主神社境内)
〜兄頼朝から追討を受け、九州へ落ち延びようと大物浦から
船出する際、神社近くの七軒長屋に逗留したといわれる〜
大物主神社由緒(拡大可)
大物主神社(おおものぬしじんじゃ)辺り一帯が城域とされる
大物城
大物城は、大永6年(1526)、室町幕府管領で摂津守護であった細川高国によって築城されたといわれる。
高国は、享禄4年(1531)、同族の細川晴元と摂津中嶋(現在の十三付近)や天王寺で戦ったが大敗。近くの大物城へ逃げ込もうとしたが捕え
られ、大物の広徳寺にて自害させられた(大物崩れ)。
天正7年(1579)、織田信長に反旗を翻して摂津有岡城に籠城していた荒木村重が尼崎城へ脱出したが、この尼崎城というのが大物城のこと
であるとの説が有力になっている。村重の謀反が終息した後、大物城は廃城になったと考えられ、その後、江戸時代に入って元和3年(1617)、
大物城より南西約300mの場所に近世尼崎城が築かれた。
広徳寺の説明版(拡大可)
細川高国が自害した広徳寺(尼崎市寺町)
〜大物にあった広徳寺は元和年間(1615〜1624)に
尼崎城築城にともない現在地に移転した〜
大物崩れの戦跡碑と説明版
〜阪神電車大物駅の北西に建つ〜
大物主神社
大物崩れの説明版(拡大可)