躑躅ヶ崎館

 所在地  山梨県甲府市古府中町
 形式  平城(居館)
 主な城主  武田信虎・信玄・勝頼
 遺構  石垣・土塁・堀・井戸
 指定・選定  国指定史跡・日本100名城
 訪城年月日  2000年3月18日
 満足度  A B  D E
 登城難易度  A B C D 

             武田神社の入口
〜入口は神社の南側にあるが、信玄時代の入口は神社の
東側にあり、ここに橋はなかった〜

館跡には現在武田神社(大正8年創建)が建っている

円光院

 信玄正室 三条夫人の墓
〜円光院(甲府市岩窪町)〜

武田神社拝殿

躑躅ヶ崎館

INDEX

  「武田氏館」は、「躑躅ヶ崎館」とも呼ばれ、武田信玄の父、信虎が、永正16年(1519)に石和からこの地に、館を移したことから始まります。その後、信玄・勝頼と、武田家当主の館として使われました。そして武田家の滅びた後、文禄年間に館の南方に今の甲府城が作られるまでの、約70年にわたり、この館一帯は、領国の政治・経済と文化の中心地として発展しました。
  館は、一辺が約200mの正方形の主郭(現武田神社)を中心に、その回りのいくつかの副郭とによって構成された平城形式のものです。館の回りには、家臣の屋敷が建てられ、南方一帯には格子状に整備された道路に沿って、城下町が開けていました。
  この館と城下町は、戦国時代の大名の本拠として、第一級の規模と質を誇るものです。

                                                                          <現地案内板より>

甲府駅前に建つ信玄像

     武田義信の墓
〜東光寺(甲府市東光寺)〜

       恵林寺
〜武田氏の菩提寺である〜

      武田信玄の墓
〜恵林寺(甲州市塩山小屋敷)〜

信玄公御使用井戸

 概説

  信虎室 大井夫人の墓
〜長禅寺(甲府市愛宕町)〜

     武田信虎の墓
〜大泉寺(甲府市古府中町)〜

水堀

入口にある説明板