竹ヶ鼻城

 所在地  岐阜県羽島市竹鼻町
 形式  平城
 主な城主  竹腰尚隆・不破広綱・杉浦重勝
 遺構  なし
 指定・選定  市指定史跡
 訪城年月日  2013年4月26日
 満足度  A B C D 
 登城難易度  A B C D 

  竹ヶ鼻城は「美濃古城史」によると、応仁年間に竹腰伊豆守が築城したとある。
  天正9年(1581)城主不破源六は、一時荒廃していた城を拡大し、城の鬼門の守護神として八剣神社を遷座し、菩提所本覚寺を創立した。同12年5月、小牧・長久手の戦いで、羽柴秀吉の水攻めにあい1か月後に開城した。
  最後の城主杉浦五左衛門は、織田秀信(岐阜城主)の旗下にあり、慶長5年(1600)8月、関ヶ原の戦いで東軍の攻撃を受け、自害して城は炎上し、廃城となった。
  城跡の位置は、戦前は竹鼻町1507番地(昭和6年県指定)戦後は竹鼻町丸の内3丁目48番地の1(昭和30年市指定)となったが、これらは口承や地形、文献から推定したもので、石垣などの確証は未だ得られていない。
  今回、本丸の跡と刻む石標を、この地(竹鼻町2624番地の1)へ移したのは、すぐ道をはさんでお城地蔵尊(昭和25年石標と共に町史跡保存会が建立)があることや、近年、城町開拓の文書資料から、この地の辺りを本丸の跡とみる新説が出され、今後の研究の進展を期待したことによる。

                                                                          <現地案内板より>

竹ヶ鼻城地図

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