岩国城

 所在地  山口県岩国市横山
 形式  山城
 主な城主  吉川広家
 遺構  石垣・空堀・井戸
 指定・選定  日本100名城
 訪城年月日  2006年11月17日
 満足度  A B  D E
 登城難易度  A B C D 
 車での登城  不可(ロープウェーあり)

天守閣から岩国市街を一望(川は錦川)

天守閣

天守閣(昭和37年復興)

本丸跡にある縄張図

岩国城

INDEX

  関ヶ原の役の後、吉川広家は出雲の国富田城より岩国3万石(のち6万石)に転封されました。慶長5年(1600)岩国に移った吉川広家は、要衝の地横山の山頂に要害を、山麓に居館を築くことにし、13年(1608)に至り城が完成しました。岩国城は、岩国では横山城と呼ばれていましたが、横山とは山の名で、高さ200メートルばかりの山で、西南から東北に伸びていて、屏風のように横たわった山であります。築城に使われた石材は、この山の西南の峯づたいの岩窟から運ばれました。また、横山の三方を迂回する錦川を外濠とし、東側川向こうの錦見に町割りを行い城下町をつくりました。緑の山頂にそびえる白亜の天主は、桃山風南蛮造りの山城で藩の象徴として仰がれていましたが、元和元年
(1615)幕府の一国一城の令によって山上の要害は惜しくも破却の運命にみまわれました。第2次世界大戦後、再建の動きが活発となり、昭和37年(1962)3月天守が再建されました。

                                                               <岩国城天守閣入場券説明文より>

山麓にある吉川広家の墓

北の丸跡

本丸と北の丸の間の空堀

東矢倉跡

大手門跡(二の丸への入口)

二の丸跡

 概説

本丸跡

           天守台(本丸北側)
〜本来の天守はこの場所に建っていたらしく平成7年に
発掘復元された〜

本丸跡(天守閣より)