林城

 所在地  長野県松本市里山辺
 形式  山城
 主な城主  小笠原長棟・長時
 遺構  曲輪・石垣・土塁
 指定・選定  県指定史跡
 訪城年月日   @2000年5月6日
 A2015年5月14日
 満足度  A  C D E
 登城難易度  A B C D 
 車での登城  可(副郭下まで)

林城跡遠望

林城

  南北朝騒乱時の功績により信濃守護となって府中(当時の松本の呼称)に入った小笠原氏は、戦国時代に武田晴信が信濃に進攻するまでの間、筑摩郡及び安曇・伊那地域を中心に勢力を張った。その間小笠原氏は、平地の居館である井川城と山城の林城を根拠地として、四周に順次山城群を配置して強固な防衛線を構えた。
  筑摩山地の西側に突き出した尾根に構築された林城と一括される大城と小城は、狭間に大嵩崎集落を挟んで連立し、林城の東に深く入り込む山辺の谷には、桐原城・山家城を配して小県佐久地域に備え、北方は伊深城・犬甘城・平瀬城などを配して固め、諏訪伊那地域に通ずる南方の要には埴原城を構えるほか、筑摩山地の西面の各所に砦を築いて、一帯は大要塞群をなしていた。
  その後、それぞれの城は武田方により修築が行われたものと思われるが、竪堀の構造・配置など、小笠原氏の山城に特徴的な基本構造は、今日までよくその姿を留めており、これらの城塞群は、小笠原氏の興亡を語る貴重な史跡である。
                                                                          <現地案内板より>

INDEX

主郭から副郭を見下ろす

主郭跡(わずかに石垣が残る)

副郭から主郭へ上がる石段

 概説